未来楽器コンセプト(叩き台メモ)
CASTALIAN / New concept Audio Visual Touch Sequencer from nucode on Vimeo.
未来の楽器って何だろう?どんな楽器なのかを想像するよりむしろ「演奏」を考えるべきだと思った。優れたパーカッショニストはどんなモノでもすぐに楽器にできるという。モノの素材や部位に合わせた奏法を触れながら探し当て多彩な音を奏でる。
「未来の楽器で演奏するのは音だけじゃない」
マイノリティリポートのトムクルーズが演じる有名な映像を操るシーンを見たとき「これは演奏だ!」と思った。ヘッセのガラス玉演戯に出てくる名人の演奏シーンともオーバラップした。そう考えるとメメックスは楽器かもしれない。
そうか!インターネット自体を楽器にするのか?
Youtubeやflickrやxmlで引っ張ってきた動画・写真・テキストを演奏するんだ!
古き良きマルチメィア時代の雑誌のような安っぽいコピーが頭に浮かんだ
「インターネットを演奏(プレイ)せよ!」
演奏とは、 大量の情報を取捨選択しながら”リアルタイムで組替え・再生する” それも、あたかもモノに触れるように多元的な時間軸を持つあらゆる情報をリアルタイムに再構成できる。演奏する情報は音に限らず、インターネット上の動画・写真・テキスト、etc、全てだ。それらのグレイン(粒子)どうしの因果関係が、現実世界を構成するように構造化されている。「考える脳 考えるコンピューター」でジェフ・ホーキンスが書いているが、脳は身の回りを構成する世界の全オブジェクトをツリー構造として脳内に再構築していくらしい・・まさに世界の成り立ちのように音や映像による構造物が作れたら!そんな妄想が私の考える未来楽器である。うまく表現できないが、『演奏できる楽譜』のような構造物だ。
シーケンサーやビデオエディタののタイムラインは楽譜から発想されているが、楽譜は作曲家の試行(思考)を投射した結果にすぎないと思う。例えば円運動を作曲家が表現したいイメージとすると、サインカーブが書かれた紙が楽譜だ。サインカーブを見て、サインカーブを同じように書こうとするのはナンセンスなのではないか?楽譜はあくまでも結果であって、作曲家の頭の中では、ある音は別の音との響きや間(ま)の因果関係によってそこに存在する。一次元のヒモに投射する前に構造のまま温存したい。私はタイムラインを捨てループシーケンスから成るツリー構造を考えた。
例えば、四ツ打ち(ドッ、ドッ、ドッ、ドッ)とテクノでおなじみのアレを考えたとき。楽譜では4分音符が数ページ続く。それをマルのまわりに配置された4つの小マル(バスドラム)という構造で表現する。
楽譜がわからない子供でも中心のマルが回転して順番にトリガー(連鎖)され動いている様子を見れば直感的に2拍目を消したり、3拍目を後ろに半拍遅らせたりできるだろう。同様の繰り返しでツリー構造をつくっていけば、すべての音楽は万能チューリングマシーンのように再現できるハズだ。
構造を直感的に把握し、リアルタイムに再構成できる、「演奏できる楽譜」
それを未来楽器と定義し可能性を探って行きたい。
今ならタッチパネルやジェスチャー、ARなどの技術が手で粘土をこねるような操作やリアルタイムな情報構造の再構成を可能にしてくれるだろう。それが、動画・音・テキストを使ったライブ演奏の新しい形態なのかもしれない。
未来楽器はそれを可能にする。